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ゲームについての考え方を書いていこうかと 【DQ10】 [ゲーム雑談]

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アプデも近いので、アプデまでの予定を少し書いておきます。

アプデまでの更新内容 ( 以下の全項目を更新します!)

① モンスターバトルロード スキル振り考察 ( ベビーサタン・バトルレックス)

② 金策 時間の変換のお話

③ ブログ3か月 昔話編03

④ ゲームの価値観

を予定しています。

タンスミミックが仲間になるとのことなので、こちらもすぐ考察しようかと思っています。

今回は④の記事を書きたいと思います。

2.4 のまとめがみたい方はこちら

◇2.4情報 徹底スクープ

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ゲームの価値観

ゲームなんてくだらない遊戯だ、とかゲームは単なる遊びといった評価がよくされるのが、 ゲーム という一般的な解釈だと思います。当然、簡易的なミニゲームや単純なアクションゲームであれば、それは娯楽の延長線上にあるというのも、否定することはできません。

しかしながら、私はある1つのことを考えております。それは、

メッセージが込められていたら、それはもうゲームという枠では収まらないのではないか?

ということです。

もっと言えば、

ゲーム では無く1つの作品 になるのではないか?

という考え方です。皆さんが本や、映画、音楽を聴いたりするとき、何を思い見ていますでしょうか?

物語の内容、音楽の感性、中身の知識等、あらゆる面において、何らかのメッセージを探ろうとして、見ているはずです。当然メッセージ性のない物またはそれに興味がなければ、その媒体自体に価値を見出せず、音楽であればただの音符の並び、などにしか感じないはずです。

このことで何が言いたいのか?と申しますと、作品に込められるメッセージがある場合、それを知ろうとしなければ、その作品の面白さに触れることができないということです。

当然、作品には作り手のテクニック、見せ方、メッセージの題材自体の面白さ等はありますが、今現在のほとんどのゲームが、特にDQにおいてはメッセージが 0 ということはまずあり得ません。

必ず何らかの意図を込めたうえで、慎重に厳選して実装していく、これが今のゲームの状況になっています。

ゲームが映画になりつつある理由

これは、上記の文を見てもらえれば分かります。

ゲーム性よりも、中身のメッセージ性を主においているからである

という理由です。昨今の子供のゲーム離れはこのような背景が原因ではないか?と自分は思っています。今のゲームというのは、子供向けではなく、大人に向けたあるいは、これからの生き方を説いているものがほとんどであるといえます。

よくゲームのストーリーなんて馬鹿らしいとは言いますが、それはストーリーの見方が違うのかなと自分は感じています。確かに、ストーリーにはその世界の設定などがあり、そういう点ではファンタジー色が強いので、合う合わないはあると思います。

しかしながら、根本のテーマ に関しては、友情や人の考え方等、リアルに近いものがゲームの中に散りばめられていることがほとんどです。

例えば、DQ10 の 世界の話であれば、今現在主人公は盟友という立場で、決して主役ではないけれど、大きな活躍をしているはずです。

これをただのゲームだと考えてしまうと、これはただの勇者と盟友である、という形だけで終わってしまうかと思います。ここを1つの作品として考えてみると、こんな見え方ができるはずです。

主人公は、ver.1.0時代様々な人に助けられ成長してきました。もう一人の自分であったり、各国の種族たち、はたまた賢者の助力。このように、主人公もまた誰かに助けられています。

ここで勇者であるアンルシアと出会うことになります。勇者もまた未熟な存在であり、その成長の過程がバージョン 2 の中で語られていました。

勇者は世界に一人です。当然誰かに変わったりすることはありません。これはオーガであったり、プクリポであったりも当然一緒です。そうです、誰一人同じ人なんていない、

みんながみんな何かを持っている

といえることができます。そのために自分のできることを精一杯して、貢献していく。こんな世界観が見えてくるのかなと自分は思っています。

これは自分の推測ですが、DQ10というのは、

種族差別などない、みんなが光るものを持っている

これがテーマではないかと思っています。竜族が出ることで、今後は種族差別の話がより一層表に出ることは明白です。

閑話休題

ここで竜族の話を自分なりに考察してみます。おそらく 6割 は自信があります。

大前提ですが、クロウズには 2 つの能力があります。

・未来を視る力 ( 現在を変える可能性がある力 )

・自分より下の種に対して、記憶をいじれる力

この 2 つの能力が大きな伏線になっています。

未来を視る力はもともとシンイが使えた能力です。なので、こちらは分からないので、もう一つの記憶をいじれる力という点に着目してみます。

以前の記事の、

◇3.0 いにしえの竜の伝承

で書いた壁画の話になります。あそこの壁画には、5 種族と人間と竜族についてのことと、レイダメデスについて書かれていました。

つまり、あの壁画を書いたのはそれ以外の種族であるかと思われます。ここはさすがに分からないので省略させてもらいます。 ( 石碑からそれ以外の種であると分かります )

じゃあなぜ、5 大陸に竜の伝承がないのか? これは簡単でしょう。

記憶をいじれる存在がいるということです。つまり、レイダメデス事件で竜族の助力があったのだけど、その記憶を消した。といえるかと思います。

これが主人公がレイダメデス事件を解決する前の時間軸の話。これを主人公は時渡りの力で変えたことにより、竜族が来たという歴史そのものが消えてしまったといえます。

タイムパラドックスというものを気にする方がいるとは思いますが、壁画が変わらない理由として考えられるのは、エテーネという場所そのものがなにか不思議な空間になってるからでは?と私は思っています。

このことから、竜が人と 5 種族の力を認めて助力したという事実が無くなってしまったため、あのような竜の種族見下しの発言があったのかと思っています。

こう考えれば、おそらく竜族の国には、人間の姿で入れるはずがないので、なんらかの手段で竜族になれるのかなと思っていますが、この辺は分かりません。

考察の楽しさ

このような背景と、種族差別の話が結びつけば私の予想通りではありますが、これが違っていても、それは新しい考え方を製作者から教えてもらえた、とも考えることができます。

考えれば考えるほど楽しくなる

これが ゲームの作品性の要因です。また、ゲームというのはそこに苦労という概念が生まれます。強い敵と戦うことで、その感受性をよりゲーム世界の住人とリンクさせることができ、より深いものに変わっていくと自分は思っています。

ブロガーとしてのメッセージ

ブロガーだけではありませんが、おもに情報発信者としての考え方を書いておきます。

私はこのブログを 1 つの作品として考えています。当然情報の発信という役割もありますが、

ゲームを楽しむための方法

というものを提案しようと考えています。攻略の羅列自体は大事なのですが、真の目標というのは、ゲームを 1 つの作品として楽しんでほしい。というのが私の目標です。

どんな情報をどのように伝えるか?またどのように見せるか?これが大事ではないかと私は考えています。

長い記事になりましたが、来年からはプレイ動画も使おうかと思っています。それには自分が動画で皆さんに伝えたいことができたという理由があります。詳細は追ってお伝えしますね。

ではまたよろしくお願いします。

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